
病院を出て、看護のかたちを一から作る側へ
外来で働くうちに、私の中で「患者さんの生活の場に近いところで働きたい」という気持ちがだんだん固まっていきました。診察室で会うその人と、家に帰ってからのその人は、たぶん少し違う。そのことがずっと引っかかっていたんだと思います。第3話でお話しした通り、外来はやりがいのある場所でしたが、私はもう一歩、生活の側に踏み込んでみたくなっていました。
そんなときに縁があったのが、内科系の訪問看護ステーションの立ち上げに参画するという話でした。すでに出来上がった場所に入るのではなく、これから作る側に回る。正直、不安のほうが大きかったです。それでも、看護を一から組み立てる経験なんてそうそうないと思って、飛び込むことにしました。
利用者さんがまだ少ない、立ち上げの日々
実際に始めてみると、想像していた「訪問看護」とはずいぶん違いました。立ち上げ期は利用者さんがまだ少なく、事務所にいる時間のほうが長い日もありました。訪問に飛び回るイメージを持っていたので、最初は少し拍子抜けしたのを覚えています。
その空いた時間で何をしていたかというと、看護そのものではない仕事がとても多かったんです。近隣の医療機関やケアマネジャーさんへの挨拶回り。運営規程をそろえる作業。記録の様式づくり。今まで、誰かが用意してくれた様式に書き込むのが当たり前だと思っていた私が、その様式を自分たちで決める側になっていました。管理者・立ち上げ求人の読み方という視点は、このときの経験がなければ実感として持てなかったと思います。
営業も、書類も、看護の一部だった
挨拶回りは、私にとってほとんど営業の世界でした。頭を下げて、こういうステーションですと説明して、覚えてもらう。看護師として患者さんの前に立つのとはまったく別の緊張感がありました。でも、ここで縁がつながらなければ、そもそも看護をする相手に出会えない。当たり前のことなんですが、病院にいたときは考えたこともありませんでした。
初めての「家での看護」で、病院の正解が崩れた
利用者さんの数が少しずつ増えて、実際にご自宅へ伺うようになって、私は大きな衝撃を受けました。病院で正解だと思っていたことが、家ではそのまま通用しないんです。
病院なら整った環境で、物も人もそろっている前提で動けます。でも家は、その人の暮らしがそのまま続いている場所です。こちらの「こうすべき」を持ち込んでも、生活のリズムや、その家のやり方とぶつかってしまう。正しさより、その人の暮らしにどう馴染ませるか。生活を見る看護というのは、こういうことなのかと、頭ではなく体で理解していきました。訪問看護ステーションで働くということの本当の意味を、私はここで初めて知った気がします。
裁量は大きい、けれど足元は揺れていた
立ち上げは、裁量がとても大きい仕事でした。自分で考えて、決めて、動ける。それは面白かったです。ただその一方で、利用者数も収入も安定せず、精神的にはずいぶん揺れました。今月は大丈夫だろうか、この選択でよかったんだろうか。そんな不安を抱えたまま朝を迎える日も、正直ありました。
それでも逃げずにいられたのは、看護をしながら「事業を回す」という感覚が少しずつ身についてきたからだと思います。目の前の一人を看ることと、この場所を続けていくこと。その両方を同時に考える頭が、この時期にできていきました。
次回・自分の本流に出会う
訪問看護は難しく、不安定で、それでも確かに面白い。生活の場で人と関わるこの仕事に、私は手応えを感じ始めていました。そしてこのあと、私は精神科の訪問看護という、自分の本流とも言える場所に出会っていきます。第5話では、その話をしたいと思います。
