市民病院の外来と宿直——私の転職遍歴(第3話)
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病棟を出て、大阪の市民病院へ

急性期の内科病棟で三交代を続けるうちに、私の中には「この人は家に帰ってからどうなるんだろう」という問いが少しずつ育っていました。前回まではその話でした。ただ、答えを探す前に、生活のほうが先に音を上げていたのが正直なところです。夜勤の重なる暮らしを何年か続けて、体のほうが限界に近づいていました。

そんな時期に、体をいったん立て直したいという気持ちが大きくなり、縁あって大阪の市民病院へ移ることになりました。私が希望していたのは病棟です。病棟でもう一度、じっくり患者さんを受け持ちたいと思っていました。

希望は病棟、配属は外来

ところが、配属は外来でした。面談のときに希望は伝えていたので、辞令を見た瞬間は正直、気持ちが少し沈みました。自分が積み上げてきたものと違う場所に置かれたような感覚があったのだと思います。

それでも、始めてみないと分からないというのも、これまでの転職で学んだことでした。ヘルパーから看護師になったときも、急性期に飛び込んだときも、最初はいつも「思っていたのと違う」から始まっていました。だから今回も、まずはやってみようと自分に言い聞かせて外来に立ちました。

外来のテンポと、受け持ちのない働き方

外来は、とにかくテンポが速い現場でした。次から次へと患者さんが来て、対応して、送り出す。一人ひとりと深く関わる前に、もう次の方の番になっています。病棟のように「この患者さんを受け持つ」という継続性がなく、その場その場で完結していく働き方に、最初はうまく体が慣れませんでした。

病棟では、昨日より今日、今日より明日と、その人の変化を見ていくのが仕事でした。外来ではその物差しが通用しません。目の前の数十分で必要なことを見極めて、確実にさばいていく。別の筋肉を使っている感覚で、戸惑いながら覚えていきました。外来という現場そのものについては、病院の外来看護師という働き方で改めて整理しているので、興味があれば読んでみてください。

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夜勤が消えて体は楽に、でも宿直と給与の不安

生活は、確かに楽になりました。夜勤がなくなっただけで、体のリズムがまるで違います。朝起きて、夜に眠る。当たり前のことが、こんなに体を助けてくれるのかと実感しました。

ただ、外来にも宿直がありました。日勤が終わってからそのまま翌朝まで拘束される時間は長く、拘束の割に手当は安い。三交代の夜勤とは違う疲れ方で、給与面の不安はむしろ強くなりました。生活は整ったのに、財布のほうは締まっていく。そのちぐはぐさは、ずっと心の隅に残っていました。

制度はあっても、使いやすいとは限らない

公立系だからか、残業の管理は厳格でした。時間になると「早く帰りなさい」と促される。これはありがたい面でした。前の職場では考えられなかったことです。

一方で、有給は取りにくい空気がありました。制度としては当然あるのに、実際に使えるかどうかは、その場の雰囲気や上司との関係次第という感じでした。紙の上に権利があることと、それを気兼ねなく使えることは別なのだと、この頃に学びました。制度はあっても、使いやすいとは限らない。今も現場を見るときの大事な視点になっています。

外来は女性が長く続けやすい雰囲気で、実際に長く勤めている先輩も多くいました。その落ち着きは魅力でもありました。ただ、私自身がここで長く続く姿は、なかなか思い描けませんでした。

固まっていった「生活の場に近い看護」

病棟で芽生えた「家に帰ってからこの人はどうなるんだろう」という問いは、外来で働くうちに、むしろはっきりしてきました。外来では患者さんの暮らしの背景まで踏み込む時間はありません。だからこそ、その先が気になって仕方がなかったのだと思います。

病棟でもなく、外来でもない。私が働きたいのは、患者さんの生活の場にもっと近いところなのではないか。そんな気持ちが、この頃に少しずつ固まっていきました。

次回は、その気持ちがいよいよ形になっていく話です。私は訪問看護の立ち上げに関わることになります。第4話でお伝えします。

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